2017-07

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大和文華館の国宝絵画

大和文華館には「寝覚物語絵巻」「婦女遊楽図屏風」「雪中帰牧図」の3件の国宝絵画が所蔵されています

【寝覚物語絵巻】(ねざめものがたりえまき)
寝覚物語絵巻

『寝覚物語絵巻』は、王朝物語「夜半の寝覚」を絵巻にしたものです
主人公の中の君「寝覚めの上」が、姉の夫の中納言・左大将・帝(冷泉院)との恋愛をめぐって、数奇な運命をたどる物語です

作者は菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)と伝えられますが確証はないそうです
物語の完本は現存していません
寒色系の顔料を多用し、精緻に描かれた画面には、平安貴族の耽美的な趣味が色濃くあらわれています  

この絵巻は絵と詞書とも四段からなります
絵一段は、満開の桜のもとで童子達が楽器を奏でる物語
絵二段は、中の君と中納言の子・雅子君が左大臣の女御のもとに立ち寄った場面
絵三段は、初夏の曙に、女三宮の女房と語る雅子君
絵四段は、中の君を想い、涙する冷泉院
錯簡をきたしており、絵一段に対応する詞書は失われています

風俗図【婦女遊楽図屏風】
松浦屏風

通称:松浦屏風と呼ばれます
(九州平戸の大名家「松浦家」に所蔵されていました)
人の背丈ほどもある6双の屏風2曲の堂々とした浮世絵です

極彩色に彩られた18人の人物をほぼ等身大に描いています
着飾った遊女や遊廓で養われていた少女・禿(かむろ)たちです
遊女は、三味線や双六やカルタに興じ、また、化粧をし、髪を結うなど身だしなみに精を出しています
入念に描き込まれた衣裳がとりわけ美しく、さながらファッションショウを見るようです

【雪中帰牧図】
雪中帰牧図

作者は、南宋前期を代表する李迪の筆と考えられています
李迪は12世紀後半の南宋画院を代表する花鳥画家です
足利義尚、井伊家の旧蔵品です

完成された簡潔な構図で、人物や牛の描法にすぐれ微妙な墨調の変化と抑制された賦彩によって、見事に雪後の静けさを表現しています

場所はこちら 大和文華館
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テーマ:奈良 - ジャンル:地域情報

東大寺の国宝工芸品

梵鐘

東大寺鐘楼 奈良太郎

「日本三名鐘」の一つで、奈良太郎と呼ばれていました
大仏開眼の翌年、751年に鋳造されたと伝えられています
現在の鐘楼は、鎌倉時代(1207~10年)に、栄西によって再建されたものです 

重さ26.346トン、直径は2.708メートル、高さは3.385メートル
音色は豪壮で、長く響き渡ることで知られます

大仏殿から二月堂三月堂に向かう中間あたりの巨大な鐘楼(国宝)に吊されています

梵鐘は竜頭部の破損により一般に鳴らすことをやめ、東大寺の法会と毎日午後8時と大晦日の除夜に打ち鳴らすことになっています
 
金銅八角燈籠 

東大寺金銅八角燈籠

大仏殿の前に大仏開眼供養当時のまま屋外に展示されています
たびたび修理されていますが、天平時代の金工技術と工芸意匠の素晴らしさを現代に伝えています
非常に大きな火袋が特徴です
東西南北の四面には両開きの扉に雲中を走る唐獅子と他の四面には優美な音声菩薩の浮彫が見られます

上から宝珠・笠・火袋・中台・竿・基台の部位から造られています
高さは4.6メートル

葡萄唐草文染韋

東大寺葡萄唐草文染韋

鹿の韋(なめし皮)に文様部分を糊か蝋で描き、全体を松葉などでいぶして色つけします
糊や蝋を落とすと文様の線が白く浮き上がるという技法で描かれたようです
葡萄唐草文のほか、仙人や僧侶など人物も描かれています

大きさ;76.7×66.7cm(奈良時代)

花鳥彩絵油色箱

東大寺花鳥彩絵油色箱
 
漆塗りの箱の表面を4羽の鸚鵡や鳳凰、宝相華が飾られています
箱の法量は蓋高3.3cm、身高24.2cm、身縦60.0cm、身横71.3cmの木製
蓋は印籠型の形式
蓋・身とも黒漆を塗り、その上に花鳥文を描き、透明の乾性油を施した技法を用いています

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興福寺の国宝工芸品

梵鐘 (国宝館に展示)
興福寺梵鐘
 紀年(制作年)銘のある梵鐘の中で妙心寺の梵鐘の次ぎに古いものです

 口径89.2cm
 総高149.0cm

 興福寺の子院観禅院(かんぜんいん)に伝来したもの
 撞座(つきざ)の位置が高く、龍頭(りゅうず)と撞座(つきざ)が平行に取りつけられています
 
 銘文に神亀4年(727)の年号があります
 銅と錫との比率が刻まれています
 奈良時代の梵鐘の基準作として、また鋳造史の好資料として注目されています

華原磬(かげんけい)
興福寺華原磬
 古くから興福寺の重宝として知られてきました

 銅鋳造鍍金(金メッキ)、奈良時代の作(国宝館に展示)

 興福寺の三宝の一つ
 謡曲「海人(あま)」で泗濱浮磬(しひんふけい)と面向不背珠(めんこうふはいのたま)とともに、中国唐の高宗から興福寺に贈られた、と謡われます
 天平6年(734)創建の西金堂の仏前に飾られていました
 『興福寺流記』の「金鼓(こんく)一基」にあたります

 漆塗りの台の上に、前方をにらんで伏す獅子(しし)を置いて、その背に六角柱を立て、柱に雌と雄の各2匹の龍が尾を巻きつけ、胴の空間に金鼓(こんく)をかかえて、周囲をにらみつけています
 蝋型鋳物の傑作で、中国唐代の工芸技術の高水準を示すものとして注目されます
 金鼓(こんく)は鎌倉時代の補作だそうです
 
 磬(けい)とは本来は石製で、古代中国の玉または石で造った楽器
 華原磬とは中国の磬石(けいせき)の名産地である華原の石で造った磬を指します
 仏教の儀式の中で打ちならす道具として定着し、材質も金属製が主流となりました

 「華原磬」の名で呼ばれるようになったのは、室町時代以来のことと考えられています

金銅燈籠
興福寺金銅燈籠
 南円堂創建当初の唯一の伝来品です

 総高 236cm

 南円堂正面に置かれた燈籠です
 火袋扉の銘文から、弘仁7年(816)に造られたことが知られます

 日本の金属製燈籠で、東大寺大仏殿前の燈籠についで古いものです
 南円堂形と称されました

 下から台、基礎、竿、中台、火袋、笠の6箇に分離
 頂上の宝珠は無くなっています

 中台より上は当初のものですが、竿以下は鎌倉時代の補作です
 中台と火袋扉には鍍金が残っています
 銘の筆跡は、空海とも橘逸勢(たちばなのはやなり)とも言われています

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法隆寺の国宝工芸品

玉虫厨子

玉虫厨子
 かつては約9000枚の玉虫の羽で装飾されていました

 高さ233cm・檜材製

 蓮弁を彫り出した部分のみ樟材を使用しています
 全面漆塗装で、扉、羽目板等には朱、黄、緑の顔料を用いて、仏教的主題の絵画を描く
 框(かまち)などの細長い部材には金銅透彫の金具を施してあります

 外観は当時の寺院建築を模してあります

 天平19年(747)の『法隆寺資材帳』には金堂に「宮殿像二具」があることを記し
 その内の「一具金埿押出千仏像」と記載されているものが玉虫厨子にあたると推定されています
 鎌倉時代の『古今目録抄』には「推古天皇御厨子」と記されます
 「玉虫厨子」という名称は鎌倉時代に遡る
 制作年代は7世紀と推定されています

黒漆螺鈿卓(こくたんらでんしょく)

 霊前を飾る香炉や燭台などを載せる前机です
 全体は黒漆塗りで仕上げられています

 優美な形姿、繊細な螺鈿や金具の文様など平安時代後期の作風をよく示しています

 先端がくるりと返る優美な曲線からなる四本の脚をつけ、その脚の姿から鷺脚卓(さぎあししょく)と呼ばれています
 高さは約95cmで、現存する鷺足卓の中では大形のものです
  
四騎獅子狩文錦(しきししかりもんきん)非公開

四騎獅子狩文錦
 聖徳太子が戦の際に用いたとされる錦の御旗です
 錦製、長250.0cm 幅134.5cm

 文様はササン朝ペルシャで流行したものですが、文様の中に漢字も取り込まれていることから唐で制作されたものと考えられています
 飛鳥から天平にかけて既にシルクロード交易の影響が日本まで及んでいたことを示す貴重なものです

 元は赤地に径43cmの大きな円文(えんもん)を横に三個ずつ五段に表した緯錦(ぬきにしき)です

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西大寺の国宝工芸品

金銅透彫舎利塔

金銅透彫舎利塔
 金銅宝塔内部に納められています
 高さ37cmの小品
 各所に繊細な透彫を施した入念な作
 鎌倉時代の金属工芸を代表するものの1つです 
 
 奈良国立博物館に寄託中
 
 金銅宝塔及び納置品

  金銅宝塔

 高さ約90cmの金銅(銅に金メッキ)製の塔です
 木造建築の外観を忠実に模しています
 内部には叡尊が所持していた舎利を納めていました
 文永7年(1270年)の作

 底の銘文から、文永7年(1270)叡尊の発願によって作成、前年に感得した唐招提寺の舎利安置のため作成という
 西大寺聚宝館にて常設展示

 合計6件の国宝を所蔵しますが、常設展示されているのは金銅宝塔のみです

舎利瓶・鉄宝塔

鉄宝塔
 鉄製で高さ172cmの大型塔です

 内部に水瓶形の銅製舎利容器5基を納めていました

 弘安6年(1283)の作
 弘安7年(1284)叡尊が法華寺の舎利千粒を納めるため造ったそうです
 仏舎利を納めた五瓶仏舎利塔を安置しています 

 鉄宝塔も現在奈良国立博物館
に寄託中です


 正式の国宝指定名称は次のとおり
「一、金銅宝塔、 一、金銅宝珠形舎利塔1基(下層内安置)、一、金銅筒形容器1合、一、赤地二重襷花文錦小袋1袋、一、水晶五輪 塔赤地錦小袋共1基、一、水晶五輪塔織物縫合小裹共1基(以上上層内安置)」

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奈良国立博物館の国宝工芸品

刺繍釈迦如来説法図
刺繍により釈迦の説法をする場面を描いています


刺繍釈迦如来説法図

縦207.0cm、 横157.0cm
奈良時代または中国・唐時代(8世紀)頃の作品です

中央に座る如来の周囲に、これを讃える仏・菩薩など五十六体を配した図
すべて鮮やかな色糸の刺繍で表した大作

統一感や奥行き感をうまく表した群像配置や細かな刺繍の技術など、当時の絵画作品としても第一級の出来ばえを示しています

かつては、京都・勧修寺に所蔵されていたそうです

蓮唐草蒔絵経箱
長方形の漆皮箱(しっぴばこ)です


蓮唐草蒔絵経箱

平安時代、貴族たちによって平家納経に代表される豪華で優美な荘厳を具えた経典が写されました
本品はこのような装飾経を納める経箱として制作されたようです

蓋縦31.8cm・ 同横17.6cm・ 総高12.1cm

型で成形した獣皮に漆を塗りかためた漆皮製の経箱
被蓋造(かぶせぶたづく)りで、蓋甲に漆皮箱としては珍しく塵居(ちりい)(甲面と側面の接点にあるわずかな平坦部)を作る

蓋・身とも外面はまばらに金粉を蒔いたのち(平塵地(へいじんじ)という)、大小二種の金粉と銀を多く含む青金粉を蒔き分け蓮唐草を花枝風に表し、間地に蝶を遊飛させている

文様の配置は、蓋甲では中央と四隅、蓋の各側面の中央に蓮唐草文を置くように規則性があり、対称的に整理された文様構成が好まれた奈良時代から平安前期にかけての工芸品の伝統を受けついでいる
対して蓋裏は淡い平塵地に蝶を不規則に散らしており、散らし文が好まれた平安後期の工芸品らしさを見ることができる

身の長側面には精緻な金工技法による金銅製蓮華様の対葉花文をかたどった透彫りの紐金具をつけている

福井・神宮寺の旧蔵品です

牛皮華鬘(ごひけまん)
団扇形の牛皮華鬘の遺例としては最古の品です


牛皮華鬘

華鬘は仏殿内陣の長押(なげし)などに懸けられた荘厳具(しょうごんぐ)で、起源は古代インドにおいて貴人に捧げられた生花で作られたレイのような花輪であると言われます

京都・東寺の旧蔵品です

応徳3年(1086)の塔供養の荘厳に用いられた具と伝えられます
牛皮を透彫し、表裏に彩色をほどこしています

大別して宝相華(ほうぞうげ)唐草迦陵頻伽対向文と宝相華唐草文の二系統が見られる
登号は宝相華を背景に総角(あげまき)をはさんで向かい合う2羽の迦陵頻伽(かりょうびんが)(極楽にいる半人半鳥の瑞鳥)を表しており、鮮やかな彩色と精緻な截金や金銀切箔(きりはく)の手法を用いている
呂号は宝相華唐草文を暈繝彩色(濃淡や色調の違う色を隣り合わせて立体感やぼかしの効果を生む技法)で表す
双方とも地板の一部と覆輪を欠く

団扇形の華鬘は、現在13枚と残片が所蔵されています

奈良国立博物館のホームページ →収蔵品データベース

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当麻寺の国宝工芸品

梵鐘:日本最古の梵鐘とも云われます(確証なし)

当麻寺梵鐘

山門(東大門)を入ってすぐのところの鐘楼に吊されています

総高約150cm、口径約85cmで細長い特異な形状をしています
下帯には忍冬唐草文様が鋳出されています
鐘身は歪んでいて亀裂もあり、口径は真円ではないそうです

綴織当麻曼荼羅図  
中将姫が蓮糸で一夜にして縫い上げたとの伝説が残ります


綴織当麻曼荼羅図

阿弥陀三尊と浄土の風景が描かれています

損傷が激しく非公開です
現在は、国宝当麻曼荼羅厨子にレプリカが展示されています

大きさ3.95m角という大画幅です
極めて損傷がひどく修補が重ねられているため、絵画と見誤られていた時期もありました
数十年前から研究の結果、綴織の錦であることが判明

この織物の図像は、すでに早くからひどくいたんでいたようで、3回の転写本が作られています
第一回の建保曼荼羅と言われるものは現存しません
第二回目が文亀、第三回の転写は貞享の写本です

原本はその後板張りにしてありましたが、延宝8年(1680)にそれを剥して、幅装に改めています
剥きとったあと板壁に残った残片が付着したものを裏板曼荼羅と云われます
現在厨子の裏側にみているのがそれです

当麻曼荼羅厨子
現存最大最古の厨子です


当麻曼荼羅厨子

 本堂の内陣中央の須弥壇上に
 当麻寺本尊の阿弥陀浄土変相図「当麻曼荼羅」
 をおさめる厨子が置かれています

 かつて本堂解体修理の際この厨子も調査され
 天平時代の飛天や草花文のデザインの装飾とその痕跡などがみつかり
 本堂設立当初から伝わるものであることが確認されました


倶利伽羅龍蒔絵経箱
 
倶利伽羅龍蒔絵経箱
 当麻寺奥院が宝物館に所蔵しています

 印度の高僧善無畏三蔵が唐僧恵果阿闍梨に伝え
 阿闍梨はまた入唐求法の弘法大師に
 更に大師弘仁十四年當麻寺参籠の砌り伝授したと伝える実に三国伝来の経箱です

 蓋の中央に倶利伽羅龍、両脇に制多迦(せいたか)、矜伽羅(こんがら)のニ童子を研出蒔絵に表わされています
 倶利伽羅不動尊影としては我が国最古のもので不動信仰史上貴重なものです

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薬師寺の国宝工芸品

江戸時代に薬師寺近くの池から掘り出されました

●仏足石(釈迦の足跡を石に刻んだものです)
 
仏足石
 正面の高さが69cm、天端の奥行き74.5cm、幅108cmほどの不規則な六面体の角礫岩
 上面に線彫りの仏足跡の図と、周囲四面に銘文などが刻まれた「日本最古の仏足石」です

 側面の銘文には、東面(正面)に仏足石の由来と功徳、南面に図の系統と造顕の経緯、西面に造顕願文、北面には三法印が記されています

 インドの鹿野苑(お釈迦様が初めて法を説いた場所)にあった仏足跡を、唐の王玄策が写し帰って長安の普光寺に置いたのを、さらに遣唐使の1人が写し、平城京の禅院に伝えた
 それを天武天皇の孫が亡夫人の追善供養のために絵師に写させ、さらに13日間掛けて石手某麻呂らに刻ませ、天平時代(753)7月27日に完成した、となっています

 仏足石は、仏像が造られる以前は礼拝の対象でした


●仏足跡歌碑(奈良時代に石に彫られた金石文です)

仏足石歌碑
 高さ158cm、幅49.5cm、厚さ4cm程の黒味を帯びた粘板岩

 仏足跡を賛嘆した歌十七首と、呵責生死(現世の生死に迷う心を責め、成道を勧めること)を詠んだ歌四首が刻まれます
 全て万葉仮名の五七五七七七の仏足石歌体で刻まれています


 薬師寺の大講堂本尊の後ろに公開展示されています

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