2017-04

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鬼瓦

鬼瓦は災厄から建物を守るために寺社や民家の屋根に付けられるものです
吉田寺鬼瓦

鬼瓦は、棟の末端に付ける雨仕舞いの役割を兼ねた装飾瓦です
鬼の顔を彫刻したものから、シンプルな造形の「州浜(すはま)」や「陸(ろく)」と呼ばれるもの、蓮の華をあらわしたもの、家紋や福の神がついたものなどが有ります
寺院は勿論、一般家屋など比較的古い和式建築に多く見られます

飛鳥時代や白鳳時代の鬼瓦はまだ鬼面ではなく、蓮華文を飾っていました
邪鬼をあらわした瓦が使われるようになるのは、奈良時代になってからです
平城宮や平城京の寺々で使われるようになり、全国に広がっていきました

鬼瓦を作る職人は、鬼師と呼ばれます

選定保存技術保持者 鬼師:小林章男
1921年(奈良生)~2010年3月
瓦の研究家としても知られ東大寺の南大門や大仏殿、姫路城など多くの国宝や重要文化財の修復工事を手掛けてきました
小林さんの作品

瓦宇工業所(屋根瓦製作):見学できます(前もって電話してください)
奈良市西新在家町17 ℡.0742-26-2901
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テーマ:奈良 - ジャンル:地域情報

奈良の石造建造物

奈良県には多くの石造物が有ります

造立が平安時代にさかのぼるものは凝灰岩製で、鎌倉時代以降は花崗岩製の物が多くなります

西大寺奥之院の叡尊塔 伴墓重源三角五輪塔
五輪塔(最も多い石造物です)
下から方形=地輪(ちりん)、円形=水輪(すいりん)、三角形(または笠形、屋根形)=火輪(かりん)、半月形=風輪(ふうりん)、宝珠形=空輪(くうりん)によって構成されます
古代インドにおいて宇宙の構成要素・元素と考えられた五大を象徴する
五大思想(宇宙の構成要素についての考え)は元来インドにあった思想で、五輪塔の成立にはインド思想を構築し直した密教の影響が色濃くみられます
日本では五輪塔の造立がはじまったのは平安時代後半頃と考えられています

当麻寺の北にある郷墓地に、県最古の五輪塔遺品として「北墓五輪塔」(藤原時代・国重要文化財)が有ります
高さ240cmの凝灰岩製です
県下最古の在銘五輪塔は生駒市有里町(興融寺内)にあります
地輪に刻まれた銘文から鎌倉時代の文永10年(1273)に造立されたことが知られます
鎌倉型の代表的なものに、西大寺奥の院の「叡尊塔」と呼ばれる五輪等があり、高さ334cmも有ります
額安寺の五輪塔群「鎌倉墓」にある、忍性墓も良く知られます

宝篋印塔
宝篋印塔の名は、内部に『宝篋印陀羅尼』を納めたことに由来します
『宝篋印陀羅尼』とは、一切如来の全身舎利の功徳を集めた呪であって、四十句からなります
これを誦すれば、地獄の先祖に極楽に至り、百病・貧窮の者も救われるそうです

生駒市有里町の輿山往生院の宝篋印塔(重要文化財)は正元元年(1259)の銘が有ります
同町の円福寺に有る宝篋印塔2基(重要文化財)も古い物として知られます
北側の塔は初重に四仏の種子を刻み、永仁元年(1293年)の銘が有ります
額安寺境内の宝篋印塔(市指定文化財)も古く、鎌倉時代中期の文応元年(1260)の銘があります

笠塔婆
笠塔婆は、板石に仏像や種子を刻んで上に笠を乗せた石造物で平安時代後期から造られました

良く知られるものとして般若寺笠塔婆が有ります
談山神社摩尼輪塔(重要文化財)は鎌倉時代後期の乾元2年(1303)に、一の鳥居から52基の町石の最終笠塔婆として建てられました

当麻寺石燈籠
石燈籠
現存するほぼ全形を残す最古の石灯籠(奈良時代前期)は、当麻寺にあります
春日大社宝物館には春日大社柚木石灯籠(重要文化財)が有ります
平安時代後期の作で、高さ184cmの花崗岩製です
東大寺法華堂(三月堂)正面の石灯籠(重要文化財)は、鎌倉時代中期の建長6年(1254)の作で、高さ269cmの花崗岩製です

層塔
層塔も県内には多く有ります

竜福寺層塔(村指定文化財)は、奈良時代後期の天平勝宝3年(751)の物で、高さ180cmの凝灰岩製です
塔の森十三重石塔(県指定史跡)も凝灰岩製で、現在は六層の高さ、240cmで奈良時代後期の建造だそうです
栄山寺にある石造七重塔(重要文化財)は、鎌倉時代前期のもので、高さ360cmの凝灰岩製です
大きさでは
般若寺十三重石塔
(重要文化財)が花崗岩製で高さ14.2mもあり、鎌倉時代中期の建長5年(1253)の建造です

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奈良時代の湯屋

寺院施設として建てられました

東大寺大湯屋興福寺大湯屋・法隆寺大湯屋・東大寺二月堂湯屋・法華寺浴室(から風呂)などが有ります

仏教では入浴によって七病を除き七福をえられると沐浴の功徳を説き、寺院では浴堂を人々に開放し施浴を行っていました

東大寺大湯屋

東大寺大湯屋
奈良時代に創建され、平安時代末期の治承4年(1180)の兵火で焼失
現在の建物は鎌倉時代初期・建久8年(1197)に俊乗上人により再建されました
国の重要文化財に指定されています
応永15年(1408)に惣深上人により修理が行われています
近年では昭和12年(1937)に解体修理が行われています
内部に鉄湯船(国重要文化財)があります

興福寺大湯屋(国指定重要文化財)
五重塔の東方に位置しています
五重塔と同じく応永33年(1426)頃に再建された建物(寺院の風呂場)です
奈良時代から存在したと考えられますが、文献に登場するのは平安時代になってからです
その後、数度の被災を経て室町時代に再建されたのが現在の建物です
西面は入母屋、東面は切妻の屋根となっており、東側になんらかの建物があったと考えられています
桁行4間、梁行4間、本瓦葺
内部には床を敷かず、地面に直接鉄の湯釜を南北に二個据えています
南の湯釜は完全な形で残り、口径150cm、胴径186cm、高さ129cmあります
北の釜は口縁の部分だけしか残っていませんが、口径144センチメートルあります

東大寺二月堂湯屋
江戸時代の建物です
湯屋の内部は、湯殿と土間(釜屋)および湯屋宿所から構成されています

法華寺から風呂(重要有形民俗文化財)
光明皇后が千人の垢を自ら流したという伝説のある蒸し風呂です
現存の建物は江戸時代の明和3年(1766)のものです
建造物としてではなく、民俗文化財として国の指定を受けています

法隆寺大湯屋(国指定重要文化財)
西園院の西方、築土塀の内側にあります(非公開)
本坊北側の表門・門札に「浴室」と書かれています

から風呂 興福寺大湯屋

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奈良の神社建築

奈良は春日造りの本殿建築が多く見られます

神社建築

今日一般的に見られる神社建築は本殿・幣殿・拝殿が中心です
神社建築は寺院建築の影響のもとで発生し、日本の上古の建築を復古的に採用し、仏教建築のデザインを意識的に排除しつつ成立したと考えられます

春日造本殿:切妻造、妻入の社殿の正面に階隠を付けた形式
 奈良県を中心に関西一円に分布しています
 現春日大社本殿は文久3年(1863)に造り替えられたものです
 現存する最古の春日造本殿は円成寺の春日堂白山堂です
 春日移しの本殿:崇道天皇社本殿、長尾神社本殿、夜支布山口神社の摂社立盤神社本殿、比売久波神社本殿、室生龍穴神社本殿など

流造本殿:切妻造、平入の建物正面に庇を付けた形式
 一間社・三間社・五間社など奇数間社が有ります
 県内最古の流造本殿は手向山八幡宮の境内社・住吉神社本殿(鎌倉時代後期)です
 高鴨神社本殿は天文12年(1543)建立で、装飾性豊かな建築です
 三碓の添御県坐神社本殿は一間社流造社殿が横に連結されています
 吉野水分神社本殿は春日造と流造が連結した連棟形式です

入母屋造の拝殿:石上神宮拝殿は遺構として県内最古(鎌倉時代前期)、
 江戸時代の建立として大神神社拝殿、談山神社拝殿などが有ります
 出雲建雄神社拝殿は元内山永久寺の鎮守・住吉神社拝殿で、正安2年(1300)の建立です

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奈良の寺院建築

時代とともに寺院の建築様式も変わっていきました

法隆寺

仏教の創世期には寺院らしい建造物は存在せず、僧の集団が雨を凌ぐ程度の洞窟や庵が存在したとされます

当初は舎利崇拝でした、塔婆・堂宇と僧侶の生活する僧院・講堂・鐘楼等とは別個に展開していました
両者が結びついて寺院が形成されていきました

飛鳥時代には法隆寺の柱に於けるエンタシスや軒を大きく取り、高い基壇が見受けられます
奈良時代には南都仏教が最盛期を迎え、寺院建築の建立に渡来系の工人が多く入り、規模の大きさと華麗さを特徴としています
平安時代には山岳寺院が多くなり伽藍配置などに変化が見られ、密教の影響か礼堂を持った寺院が現れます
鎌倉時代には天竺様、唐様建築が現れました
室町時代には和様・唐様・天竺様が混同され、鎌倉時代に誕生した宗派が成長して洗練された大規模な寺院が現れます

建築様式は和様・天竺様(大仏様)・唐様(禅宗様)に分類されます

大仏殿模型

【和様】
日本の寺院建築は仏教の伝来に大きく関係しています
仏教が大陸より我が国に伝えられた時、同時に渡来した工匠によって中国式の寺院が築造されました
この初期の建物が法隆寺金堂と五重塔です
時代が進み中国唐時代の伝来様式の代表例が薬師寺東塔です
和様建築はこれら伝来の建築様式を日本風に改良改善した様式であり、代表例は唐招提寺金堂です
平安時代になると密教寺院様式と浄土寺院様式が誕生します
密教寺院は山岳の地形に応じて建てられた寺院様式で、天台宗比叡山延暦寺や真言宗高野山金剛峰寺などです
浄土寺院は皇族・貴族が極楽浄土に往生することを目的とし、これを具現化するために建てられたもので、宇治の平等院が代表的です

【天竺様(大仏様)】
鎌倉時代になると中国から初期の大仏様が伝来します
東大寺南大門や浄土寺浄土堂が現在見受けられます
様式的には挿肘木(さしひじき)を何段にも柱に差し込み、全てに皿斗を設け合理的な構造と部材による雄大で豪快な造りが特徴です
内部から見ると天井を張らず虹梁と束を積み重ねて屋根を支え、大仏様の持つ構造美を最もよく表現しているものです

【唐様(禅宗様)】
禅宗様式も鎌倉時代に禅宗とともに導入された宋の建築様式で主に禅宗寺院の建物に用いられました
禅宗様の特徴としては屋根の裾が反り返っていることや、軒下の斗きょうが詰め組みであり、また窓の形が火頭窓となっていることが挙げられます
禅宗寺院は武家勢力の庇護により数多く建立されたことで、和様とともに寺院建築の主流となりました
禅宗様は唐様(からよう)とも言います

【折衷様】
和様を基にし大仏様や禅宗様の建築様式の優れた技法を取り入れた様式を折衷様と言います
鎌倉時代に導入された禅宗様式は禅宗の隆盛に伴い盛大に発展
室町時代には多くの折衷様式建築が現れるようになりました

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奈良の近代建築

旧奈良県立図書館

奈良は江戸時代から歴史的風土を保存し、観光立県として整備する施策が進められて来ました
公共建築は和風建築で建てられることが多かったようです

旧奈良県物産陳列所(現奈良国立博物館付属仏教美術センター)
旧奈良県立図書館(現大和郡山市民会館)
旧高市郡教育博物館(現橿原市今井町町並交流センター)
日本聖公会奈良基督教会(登録文化財) やまと建築詩のページ
奈良ホテルや菊水楼 は現在でも一級の宿泊施設です
今は有りませんが、旧奈良県庁舎や旧奈良県公会堂も近代和風建築でした

木造洋風建築としては旧奈良女子高等師範学校本館、宝山寺獅子閣 生駒市のページがあります

旧帝国奈良博物館(現奈良国立博物館本館)、奈良少年刑務所などの煉瓦組造の洋風建築も建てられています

奈良の玄関口JR奈良駅旧駅舎は現在観光案内所として再利用されています
他には南都銀行本店など

(詳しくは、リンク先を参照してください)

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奈良の民家建築

代表とされるのは大和棟ですね

古民家

18世紀中頃から造られはじめたようです
間取りは田の字形と呼ばれる整形四間取りが多い
竈屋上部は瓦葺の落棟となり、草葺屋根の両端には高塀が立ち上がっています

五條市の堀家住宅は文化財に指定されている最も古い民家です
(室町時代の建築・明治時代に大改造されています)
五條市の栗山家住宅は建築年代が明確な最も古い民家です(1607年)
御所市の中村家住宅(1632年)、宇陀市の笹岡家住宅(1624~44)、同じく片岡家住宅(1669)など
ひじょうに古い民家が存在しています

今井町には今西家住宅(1650)、豊田家住宅(1662)を含む10件の文化財指定された民家があります
安堵町の中家住宅や橿原市の森村家住宅は母屋だけでなく屋敷構えすべてが保存されています

大和民俗公園には県内の古民家が移築保存されています

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