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春日山原始林

市街地に近接して原生林が存在することは極めて珍しく、保護の対象にするべきとして、特別天然記念物に指定されています
春日山の照葉樹林は国の名勝にも指定され、古都奈良の文化財の一部として世界遺産にも登録されています

春日山原始林

承和8年(841)3月1日に神山として狩猟と伐採が禁止されました
以来、1100年以上も人手の加えられず、春日大社の聖域として保護されてきました
原生林は春日山(最高峰花山・498m)と御蓋山(標高294m)一帯にひろがっています

カシやシイ類などの常緑広葉樹林が主体をなす原始林です
2002年に巨樹・巨木調査がおこなわれ、巨木1425本が確認されています
貴重な植物やシダ・コケ類・珍しい鳥類・1000種以上の昆虫が生息しています
モリアオガエルやカスミサンショウウオなどの珍しい生物も生息しているそうです

春日山は、人とのかかわりにおいて、山や自然そのものを神とする日本古来よりの神道を現すものとして 、また、春日大社の社叢として保護されてきた経緯により、古都奈良における文化的景観を構成する資産として、自然遺産ではなく文化遺産として世界遺産に登録されました
御蓋山にはいくつかの社があり、頂上には本宮神社が建っていますが、通常は立ち入り禁止で見ることは出来ません
山の周囲には遊歩道があり、紅葉の名所として訪れる人も多くあります
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テーマ:奈良 - ジャンル:地域情報

飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群

世界遺産の暫定一覧表記載資産です
fujiwarakyo

2007年1月23日暫定リストへ追加掲載されました

 崇峻天皇の5年(592)に推古天皇が即位してから、和銅3年(710)に平城京へ遷都するまでの間
 飛鳥の地に営まれた宮都の関連遺跡群及び周辺の文化的景観から構成されます

=暫定リストへの掲載理由=
 100年以上にわたる天皇・皇族の宮殿、それに付属する諸施設(苑地など)、我が国最古の本格的都城やその内外に営まれた諸寺院、当時の有力者の墳墓などの遺跡群は今なお地下に良好に遺存しており、すでに調査された遺構・遺物は古代国家成立期における政治・社会・文化・宗教等の在り方を生々しく伝えています
 これらの遺跡群が伝える当時の設計理念・立地計画・構築技術をはじめ、個々の遺跡に描かれた壁画等には、中国大陸及び朝鮮半島の影響が色濃く認められ、東アジア諸国との技術及び文化の交流を明瞭に示しています
 大和三山は最古の和歌集である『万葉集』にも数多く歌われるなど、我が国の代表的な古典文学作品とも関わりが深く、後世の芸術活動にも大きな影響を与えています
 これらの遺跡群は、周辺の自然的環境とも一体となって良好な歴史的風土を形成しており、文化的景観としても優秀です
 「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」は日本の古代国家の形成過程を明瞭に示し、中国大陸及び朝鮮半島との緊密な交流の所産である一群の考古学的遺跡と歴史的風土から成り、両者が織りなす文化的景観としても極めて優秀であることから、顕著な普遍的価値を持つ可能性は高いと考えられます

【遺産に含まれる文化財】
明日香村:石舞台古墳(特別史跡)、高松塚古墳(特別史跡)、キトラ古墳(特別史跡)、川原寺跡大官大寺跡牽牛子塚古墳中尾山古墳酒船石遺跡定林寺跡飛鳥寺跡、橘寺境内、岩屋山古墳、伝飛鳥板蓋宮跡、飛鳥水落遺跡、飛鳥稲淵宮殿跡、マルコ山古墳飛鳥池工房遺跡檜隈寺跡飛鳥京跡苑池(史跡・名勝)、岡寺跡
桜井市:山田寺跡(特別史跡)
橿原市:藤原宮跡(特別史跡)、本薬師寺跡(特別史跡)、植山古墳丸山古墳菖蒲池古墳、藤原京朱雀大路跡、大和三山(名勝):天香具山畝傍山耳成山

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紀伊山地の霊場と参詣道

奈良と和歌山にまたがるユネスコの文化遺産です

「吉野・大峯」「熊野三山」「高野山」の三つの霊場と、それらを結ぶ「参詣道」から構成されます

平成16年に登録されました

評価の基準
*紀伊山地の文化的景観を形成する記念碑と遺跡は神道と仏教のたぐいまれな融合であり、東アジアにおける宗教文化の交流と発展を例証する。
*紀伊山地の神社と仏教寺院は、それらに関連する宗教儀式とともに、1000年以上にわたる日本の宗教文化の発展に関するひときわ優れた証拠性を有する。
*紀伊山地は神社・寺院建築のたぐいまれな形式の創造の素地となり、それらは日本の紀伊山地以外の寺院・神社建築に重要な影響を与えた。
*と同時に、紀伊山地の遺跡と森林景観は、過去1200年以上にわたる聖山の持続的で並外れて記録に残されている伝統を反映している。

奈良県内の構成資産
霊場「吉野・大峯」
 農耕に不可欠な水を支配する山あるいは金などの鉱物資源を産出する山として崇められた「金峯山」を中心とする「吉野」の地域と、その南に連続する山岳修行の場である「大峯」の地域からなります
 修験道の中心的聖地として発展し、日本中から多くの修験者が訪れ、全国各地に山岳霊場が形成されていきました
吉野山吉野水分神社金峯神社金峯山寺吉水神社大峰山寺
○大峯奥駈道にある玉置神社

蔵王堂

和歌山県内の構成資産
霊場「熊野三山」
 「熊野三山」あるいは「熊野三所権現」と呼ばれ、多くの皇族・貴族の崇敬を集めました
○熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社、青岸渡寺、那智大滝、那智原始林、補陀洛山寺

霊場「高野山」
 真言密教の山岳修行道場として816年に創建した「金剛峯寺」を中心とする霊場です
○丹生都比売神社、金剛峯寺、慈尊院、丹生官省符神社

参詣道
 三霊場に対する信仰が盛んになるにつれて形成され、整備された「大峯奥駈道」、「熊野参詣道」、「高野山町石道」と呼ばれる三つの道です
 人々が下界から神仏の宿る浄域に近づくための修行の場であり、険しく清浄な自然環境のなかに今日まで良好な状態で遺り、沿道の山岳・森林と一体となった文化的景観を形成しています
○大峯奥駈道、熊野参詣道(中辺路・小辺路・大辺路・伊勢路)、高野山町石道

参考;文化遺産オンラインのページユネスコのページ

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古都奈良の文化財

平成10年登録のユネスコの文化遺産です

東大寺・興福寺・春日大社・元興寺・薬師寺・唐招提寺・平城宮跡・春日山原始林の八つの資産で構成されます

奈良は、710年から794年までの日本の都として栄え、唐との交流を通して日本文化の原型が形成されました
都が京都へ移った後も、大社寺を中心にした地域が宗教都市として存続して、繁栄しました

登録にあたっては、各資産が個別に評価されたのではなく、八資産全体で物語っている奈良の歴史や文化の特質が評価されました
東アジアの古代の都のうち、宮殿の遺跡と都に計画的に建設された木造建築群とによって当時の姿を伝えている例は他にはなく、建造物群と自然の山や森とが一体となった文化的景観が守られていることも大きな特徴です

平城宮跡
大極殿遠望
平城宮は平城京の中央北端に位置する宮跡で、東西1.3km、南北1km、面積130haの広さが有ります
宮内には政治や儀式を執り行う大極殿・朝堂院、天皇の居所である内裏、行政機関である各役所などがありました

東大寺
東大寺
東大寺は、仏の加護により国家を鎮護しようとした聖武天皇の発願で建立されました
751年に金堂(大仏殿)が完成、翌年には盛大な大仏開眼供養が行われ、伽藍全体がほぼ完成したのは奈良時代末でした
その造営は国の総力を挙げた大事業であり、空前絶後の巨大な建物群が建設されました

興福寺
興福寺
興福寺は、前身の寺院が699年に創立されたのを起源と藤原氏の氏寺です
平城遷都に伴って現在の場所に移転し「興福寺」と改めました
主要堂塔の建立の発願は天皇や皇后によるものが多数をしめます
これは藤原氏と朝廷との密接な関係を示すもので、造営工事も朝廷の直営で行われました

春日大社境内
春日大社
春日大社の創立は、社伝では768年と伝えられますが、実際には奈良時代初めに遡ると考えられています
古くから神の降臨する山として神聖視されていた春日山・御蓋山の西麓に、藤原氏の氏神を祀ったもので、藤原氏や朝廷の崇敬を受けて繁栄しました

春日山原始林
春日山原始林
春日山は841年に狩猟と伐採が禁止されて以来、大社の神山として守られてきました
明治になって国有地となり、奈良公園に編入された後、春日山原始林として1924年に天然記念物に、1955年には特別天然記念物に指定されました

元興寺
元興寺
元興寺は6世紀に蘇我馬子が建立した飛鳥寺を平城宮に移転したものです
現在は「ならまち」の中元興寺極楽坊元興寺小塔院跡元興寺塔跡に寺地が分散しています

薬師寺
薬師寺
薬師寺は680年に天武天皇が発願した官寺で、718年に藤原京から平城京に移されました
730年には既に東塔が建立されています
その後、973年に金堂・東西両塔を除いてほぼ焼失したのをはじめ、1445年には大風で金堂が倒壊し、1528年には兵火で西塔も失いました
こうして創建時の建物は東塔のみとなりました

唐招提寺
唐招提寺
唐招提寺は、戒律を学ぶための寺として鑑真が759年に創建しました
教義上、立派な伽藍よりも、住むに足るだけの僧坊・食堂と、仏法を講じる講堂が何をおいても必要であったことから、これらの建物が最初に建てられました
鑑真の没後、奈良時代末に金堂が完成し、810年に五重塔が建立され、伽藍が整って行きました

【評価の基準】
古都奈良の文化財は日本建築と日本美術の進化のひときわ優れた証拠性を有しており、それらは中国と朝鮮との文化的つながりの結果であり後世の発展に重要な影響を与えることになった。
奈良の建築遺産は、奈良が首都であった時代に開花した日本文化の唯一の証左である。
奈良における皇室宮殿の配置と現存文化財の設計は、初期アジアの首都群の建築と都市設計に関するきわだった例である。
奈良の仏教寺院と神社は、ひときわ優れた形で宗教の連続的な力と影響を証明する。

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法隆寺地域の仏教建造物

平成5年登録のユネスコの文化遺産です
法隆寺
法隆寺、および法起寺の建造物の総称です

法隆寺地域には世界最古の木造建築が数多く残っています
7世紀に法隆寺・法起寺法輪寺などの仏教寺院が造営され、現在も宗教活動が続けられています

法隆寺は、7世紀初期に創建がはじまり、現在の伽藍は西院及び東院と子院群で構成されます
西院は7世紀後半から8世紀初頭にかけて再建され、東院は8世紀前半に建設されています
西院の主要建物である金堂・五重塔・中門・回廊は、中国や朝鮮にも残存しない初期の仏教建築様式です
両院の周囲にある子院は12世紀ごろから建築され、その数を増やしていきました
17世紀から18世紀にかけての建物も多く、日本の仏教寺院建築の変遷を窺うことのできる文化遺産が集約されている地域でもあります

法起寺は7世紀に創建された寺院ですが、いまは706年に完成した三重塔のみが残っており、法隆寺西院と同様、初期の仏教建築様式による建物です

【評価の基準】
法隆寺の建造物群が、木造建築としての構造・配置両観点からが傑作である。
同建造物群が仏教伝来直後の仏教建築物で、日本の宗教建築に深い影響を及ぼした。
同建築物群は、中国文化への順応、日本の寺院建築の配置、および、結果的に日本独特の様式を確立した代表的な例である。
日本への仏教の流入、および聖徳太子の仏教奨励が、同地域への仏教の浸透に際立った特徴を示している。

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