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白毫寺の重文仏像

白毫寺のほとけたち(パンフレットのコピー)

本尊「阿弥陀如来坐像」
伏し目のもの静かな温顔、穏やかな肉取りの体部、浅い彫り口の衣文など、品のよいお姿です
桧材を用い、平安末期から鎌倉時代初めにかけて造られたようです
定朝(じょうちょう)様式を踏襲した桧の寄木造で漆箔が施されています

「文殊菩薩座像」
もと多宝塔の本尊とされる白毫寺最古の仏像です
高く結った髻の形、両脚部の量感のある表現や荒々しい衣文表現などには平安初期彫刻の特徴をよく伝えており、9世紀にさかのぼる作とみられる
多宝塔(現存せず)は室町時代の建物で、それ以前の伝来は不明であり、本来の像名も不明である(寺伝では文殊菩薩)
右手は第2・3指を立て、左手は持物をとる形をするが、両手首から先は後補で、本来の印相は不明である

「閻魔王坐像」
鎌倉時代の作で、もと閻魔堂の本尊といわれています
鋭い眼光と怒りの形相は迫真性に満ちており見る者を圧倒します
寄木造の彩色像です
玉眼の眼は鋭く、口をカッと開いて叱咤し、迫真性に富んだ憤怒の形相は、勧善懲悪の教えを思わせます

「木造地蔵菩薩立像」 
鎌倉時代後期に造られた地蔵菩薩像の秀作で、施された彩色も鮮やかに残っています
慈願と温容に満ち、錫杖と宝珠を持って立ち、当初の光背・台座まで完備しています
桧材を用いた寄木造で、彩色の剥がれも少なく、切金もかなり残っています

「木造興正菩薩坐像」 
白毫寺を中興した興正菩薩・叡尊の肖像彫刻です
西大寺愛染堂の叡尊像と似ており、叡尊晩年の姿を見事にとらえています

「木造太山王坐像」 
閻魔王とともに冥界の十王の一人で、閻魔王と一対の作
鎌倉時代の像で、体内に残された墨書により運慶の孫・康円が正元元年(1259)の作と判明しています
明応6年(1497)に修理を受けており、冠・両袖・両脚部などに後補があります

「木造司命半跏像」・「司録半跏像」 
ともに閻魔王の眷属で、康円一派の作です
閻魔王像、太山王像とともに、旧閻魔堂に安置されていたそうです

 場所等はこちら  白毫寺
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