2017-05

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薪御能

野外能の発祥といえます

平成21年の薪御能ポスター
 5月11日
 春日大社舞殿 11:00~12:15頃
 興福寺南大門跡 17:30~20:30頃
 
 5月12日
 春日若宮拝の舎 11:00~12:15頃
 興福寺南大門跡 17:30~20:30頃

 当日協賛証 4,000円
 解説書 別売り 1000円

 問い合わせ;0742-22-7788

 奈良市観光情報センターのページ


平安時代初期の貞観11年(869)に始まり、一時中断した時期も何度かありますが桃山時代に復興
最近では戦時中に中断していたようです
昭和27年にはまた復興して、人々の目を楽しませてくれています

平安時代に発祥をみる奈良興福寺の薪御能では、演能の前に興福寺衆徒によって「外僉儀」が読み上げられ、つづいて「舞台あらため」が行われます
現在の薪御能は、敷舞台の上で演じられていますが、往時は舞台も野外の芝生であった為、芝の湿りを調べるために行われ、その時の芝の湿り具合いで能の有無を決めていたものが「舞台あらため」です
外僉儀文は、寺の外部の人達にむけて僉儀を発表するもので、毎年作られたものであったとおもわれます

行事は11時から春日大社で舞がまわれた後、夕方16時から興福寺の南大門跡に移動して、薪御能となります

古くは興福寺の修二会に参勤して行われ「薪猿楽」「薪の神事」とも呼ばれていました

法会で使われる神聖な薪が興福寺西金堂へ、薪迎えとして春日山から運ばれ、その薪を祝福する芸能として猿楽が演じられたのが始まりのようです

記述として現されるのは、建長7年(1255)の『若宮神主中臣祐定日記』の二月条以降です
永仁6年(1298)の記録に「薪呪師猿楽」と記されており、当初は法呪師の勤めであったものが、猿楽呪師が代行するようになったと考えられます

永徳3年(1383)に修二会から独立して、芸能的に発展していきました

5月に行われるようになったのは、昭和36年に保存会が結成されてからです
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