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興福寺の国宝工芸品

梵鐘 (国宝館に展示)
興福寺梵鐘
 紀年(制作年)銘のある梵鐘の中で妙心寺の梵鐘の次ぎに古いものです

 口径89.2cm
 総高149.0cm

 興福寺の子院観禅院(かんぜんいん)に伝来したもの
 撞座(つきざ)の位置が高く、龍頭(りゅうず)と撞座(つきざ)が平行に取りつけられています
 
 銘文に神亀4年(727)の年号があります
 銅と錫との比率が刻まれています
 奈良時代の梵鐘の基準作として、また鋳造史の好資料として注目されています

華原磬(かげんけい)
興福寺華原磬
 古くから興福寺の重宝として知られてきました

 銅鋳造鍍金(金メッキ)、奈良時代の作(国宝館に展示)

 興福寺の三宝の一つ
 謡曲「海人(あま)」で泗濱浮磬(しひんふけい)と面向不背珠(めんこうふはいのたま)とともに、中国唐の高宗から興福寺に贈られた、と謡われます
 天平6年(734)創建の西金堂の仏前に飾られていました
 『興福寺流記』の「金鼓(こんく)一基」にあたります

 漆塗りの台の上に、前方をにらんで伏す獅子(しし)を置いて、その背に六角柱を立て、柱に雌と雄の各2匹の龍が尾を巻きつけ、胴の空間に金鼓(こんく)をかかえて、周囲をにらみつけています
 蝋型鋳物の傑作で、中国唐代の工芸技術の高水準を示すものとして注目されます
 金鼓(こんく)は鎌倉時代の補作だそうです
 
 磬(けい)とは本来は石製で、古代中国の玉または石で造った楽器
 華原磬とは中国の磬石(けいせき)の名産地である華原の石で造った磬を指します
 仏教の儀式の中で打ちならす道具として定着し、材質も金属製が主流となりました

 「華原磬」の名で呼ばれるようになったのは、室町時代以来のことと考えられています

金銅燈籠
興福寺金銅燈籠
 南円堂創建当初の唯一の伝来品です

 総高 236cm

 南円堂正面に置かれた燈籠です
 火袋扉の銘文から、弘仁7年(816)に造られたことが知られます

 日本の金属製燈籠で、東大寺大仏殿前の燈籠についで古いものです
 南円堂形と称されました

 下から台、基礎、竿、中台、火袋、笠の6箇に分離
 頂上の宝珠は無くなっています

 中台より上は当初のものですが、竿以下は鎌倉時代の補作です
 中台と火袋扉には鍍金が残っています
 銘の筆跡は、空海とも橘逸勢(たちばなのはやなり)とも言われています
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