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霊山寺の重文仏像

本尊薬師三尊像

本尊の薬師如来坐像
春日形厨子内に安置され、明治時代までは20年に一度だけしか開扉されない秘仏でした
その為、他に類例の少ない原初からの光背や台座までも元のままに伝えられています
彫りの浅い目鼻立ち、三日月状をした眼瞼が切れ上がり、口元の引き締まった強い表情、簡素な衣褶表現などに古風な奈良仏師の作風が見られます
像内納入の紙片の墨書から治暦2年(1066)の造立であることが知られます

脇侍の日光・月光菩薩立像
互いに対照的な形姿をとります
ともに一木割り矧ぎの構造で像高87cm
本尊薬師如来とともに厨子に安置され秘仏です

三尊とも桧材の大ぶりの板光背を負っています
脇侍光背の左右下端に各3体ずつ配した十二神将が描いてあり、十二神将の絵画作例として最も古例に属するものです

☆毎年1月1日~1月3日と10月23日~11月第二日曜日に開扉・公開されています

十二神将立像
像高76cmの木造彩色群像です
薬師如来の護法神として安置され、軽捷で躍動的な姿態がたくみに表現されています
焔髪の中に十二支獣の頭部が置かれています
各像とも桧材の寄木造で、弘安年間(1278~88)の制作とされます

阿弥陀如来坐像
像高83cmの桂材割り矧ぎ構造で、もとは阿弥陀堂の本尊でした
丸味のあるやさしげな面相、こまめに重ねられた衣褶の曲線、漆張りの大きな安定した形姿などに、12世紀彫像の特徴がよくあらわれています

大日如来坐像
像高112cmの木造漆箔の桂材割り矧ぎ構造で、もとは大日堂の本尊だったそうです
像容から、平安時代後期の温雅な造型感覚がうかがわれます
唐草文を意匠化した銅製胸飾りが付けられ緑色のガラス玉が据えられていて、ガラス遺品としては極めて珍しいものです

十一面観音立像
像高82cmの榧材の一木彫成像です
口唇に朱をさし、眼や髭などを墨書きするほかは無彩色の素地仕上げの手法は、壇像と呼ばれるもので、本来は白檀系の渡来の名木を用いて制作されます
大きな頭部と圧縮された胴の比、不釣合いな細かい両腕などアンバランスな体型が特色です
平安初期の制作で異色の観音古像です

毘沙門天立像
像高68cmで桐材一木構造、邪鬼の桐一材から全体を彫成しています
朱・緑青で彩色した像ですが、煤けて黒ずんでいます
右手に戟を突き、左手で宝塔を捧げゆるく腰をひねった武将の立姿です
藤原美術の優雅な天武形は奈良では少なく、12世紀頃の制作とされます

持国天・多聞天立像
四天王のうちの二天王で、桧材寄木造り玉眼を嵌入する像
充実した肉体を装甲で引き締め、精悍そうな身のこなしをした武将像で、生彩のある表情、躍動感あふれる表現は、鎌倉後期の特色をよくあらわしています
弘安年間(1280頃)の制作とされます

地蔵菩薩立像
像高80cm、桧材寄木造りの立像
整った像容と彩色に技巧をこらした像で、光背・台座・錫杖も当初のものを伝えています
袈裟は、条の部分が截金による卍字つなぎ文、また折れ返って袈裟裏のみえるところは、緑青地に截金の笹蔓文となっています
快慶の作風に習った鎌倉中期・康元元年(1256)の像立です

薬師三尊懸仏
本尊外陣に奉懸される大ぶりの懸仏です
本尊が秘仏の為、平素拝むことが出来なかったので、前立仏として懸仏が造られたようです
盤経98cm、中尊像高42cm、脇侍像高24cm
貞冶五年(1366)の作成です
三尊とも極めてうす手に造られ、背面の一部を欠いているのみでほぼ完全に近い立体像で現存します

宝物・仏像の画像は霊山寺のホームページで紹介されています
場所等はこちら  霊山寺
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