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金剛山寺(矢田寺)の重文仏像

木造地蔵菩薩立像(矢田寺本尊)
金剛山寺 木造地蔵菩薩立像
 矢田型地蔵とよばれる独特のスタイルの地蔵像です
 錫杖を持たず、左手には宝珠をのせ
 右手は胸の前で親指と人差し指とを丸め合わせています

 像高163cm
 平安時代9世紀の作(貞観時代の作) 
 延命地蔵菩薩といわれます

 「矢田地蔵縁起」によると、むかし満慶上人が小野篁とともに閻魔庁に行き、閻魔王に地獄を見てみたいと申し入れます
 そこで阿鼻地獄で必死に衆生を救う地蔵菩薩に出会い、「わたしと縁を結ぶように、衆生に勧めなさい」と言われます
 満慶上人はさっそく地蔵菩薩を彫り始めますが、そこへ翁に姿を変えた春日明神が現れ、三日三晩のうちにそっくりのお姿を彫り上げました
 これが本尊の地蔵菩薩立像です
 満慶上人が彫ったものは「こころみの地蔵菩薩立像」(重文)として、裏堂にまつられています

木造阿弥陀如来坐像 
 現在は本堂の裏堂に安置されていますが、もとは上念仏堂に伝来したもの

 像高137cm
 藤原時代の作
 光背を失っていますが、台座の大半は当初のもの
 寄木造ですが、頭、体の幹部は十材、両足部は四材を矧ぎ寄せて作っています

木造地蔵菩薩立像 
 本尊の地蔵菩薩立像の前立像としてまつられています

 像高164cm
 藤原時代の作
 容貌や薄い体型は平安前期の作風を示していますが、やや明快さを増した目鼻立ちから、実際の製作時期は鎌倉時代に近い時期と考えられています

 檜材の一木造りで、両頬や胸、腹の肉身部には自然な抑揚があり、表情も引き締まっています
 本尊とは着衣に刻まれた衣文の形式が異なります

木造十一面観音立像  
金剛山寺 木造十一面観音立像
 当初は本像が本尊であった可能性が高いとされています

 像高217センチ
 8世紀後半・藤原時代の作

 桐材の一木造りで、両肩から先は別材を接いでいます
 下半身には天然のウロ(空洞)があります

 左肩からたすき掛けにする条帛を乾湿の盛り上げで作ります
 脚部の衣文は平安前期の一木彫像に多い翻波式に刻まれます
 天衣の腕から下に垂れる部分、頭上面の大部分は後補
 やや中性的で可憐な容貌をもち、柳腰で下半身のよく伸びたしなやかな身のこなしが美しい像です

木造閻魔王倚像(奈良国立博物館寄託)
金剛山寺 木造閻魔王倚像
 怒った表情をしていないことから、地獄の判官として人の生死をつかさどる泰山府君の可能性もあります

 像高54cmの小像 
 鎌倉時代の天正19年(1591)の作

 中国風の道服を着て、両足を下ろし椅子にすわる姿
 胸の前で笏を持ちますが、手首と持ち物は後補です
 通常は非公開となっています

木造司録坐像(奈良国立博物館寄託)  
金剛山寺 木造司録坐像
 司録は地獄の冥官で、司命と一対で閻魔王に随侍します

 像高142cm
 鎌倉時代末期14世紀の作と考えられています

 中国式の官人の服装で、獣皮をかけた床几に右足を踏み下げて坐し、左手に木札、右手には筆をとります
 司録とされていますが司命とするのが正しいとされています
 像内の墨書銘から天正10年(1582)に宿院仏師によって修理されています
 通常は非公開となっています

木造虚空蔵菩薩坐像(矢田寺北僧坊所蔵、奈良国立博物館寄託)  
金剛山寺 木造虚空蔵菩薩坐像
 堅太りの体格で、華やかな宝髻を結い、強い表情をあらわしています
 
 像高86cmの木造彩色像
 平安時代の作
 桐材の一木造り

 蓮華座に左足を踏み下げて坐し、左手で宝珠をとり、右手に剣を握ります
 左足のすねにはリズミカルな翻波式の衣文を刻みます
 通常は非公開となっています

木造毘沙門天立像(矢田寺南僧坊所蔵)  
 藤原時代の作

場所等はこちら  矢田寺 「金剛山寺」
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