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興福寺国宝館の仏像

食堂の本尊だった千手観音像(高さ5.2m)が中央に安置されます

 乾漆八部衆立像、乾漆十大弟子立像、銅造仏頭、木造金剛力士立像、木造天燈鬼・龍燈鬼立像、木造法相六祖坐像、木造千手観音立像、板彫十二神将像(いずれも国宝)などが公開されています

 銅造仏頭:旧山田寺仏頭とも伝えられています

銅像仏頭
 奈良時代の作で頭部のみ残っています
 白鳳文化を代表する作品としてしられています

 元来、飛鳥の山田寺講堂本尊薬師三尊像の中尊像の頭部で、東金堂に安置されていましたが   室町時代の火災で頭部だけがかろうじて焼け残りました
 この頭部は、焼失後に新しく作った本尊像の台座内に納められて長らく人目にふれず忘れられていましたが、昭和12年(1937)に再発見されました
 この時に、珍しい銀製の仏像の腕(重文)も発見されています

 木造仏頭:廃絶した西金堂の旧本尊・釈迦如来像の頭部です

 鎌倉時代の作で国の重要文化財
 頭部のほかに両手の一部(銀造仏手:重文)、光背を飾っていた飛天像と化仏(けぶつ、小型の仏像)も残っています
 従来、運慶の兄弟子・成朝の作とされていましたが、近年、興福寺別当(住職)信円の日記の記述から、文治2年(1186)正月に運慶によって作られたとする説が有力となっています

金剛力士

 木造金剛力士立像:もと西金堂に安置されていました
 鎌倉時代の作です(国宝)

 木造天燈鬼・龍燈鬼立像:もと西金堂に安置されていました

天燈鬼・龍燈鬼 大きな燈篭を、天燈鬼は肩にかつぎ、龍燈鬼は頭上で支えています

 架空の存在を写実的かつユーモラスに表現した、鎌倉期彫刻の傑作です

 龍燈鬼像は、運慶の子・康弁が建保3年(1215)に作成しています
 天燈鬼も康弁か周辺の仏師の作と思われます


 木造法相六祖坐像:南円堂の本尊の周囲に安置されていました

法相六祖
 運慶の父・康慶一門の作です
 玄賓(げんぴん)、行賀(ぎょうが)、玄(げんぼう)、神叡(しんえい)、常騰(じょうとう)、善珠(ぜんしゅ)という、法相宗の6名の高僧の肖像です

 行賀像は奈良国立博物館に寄託され本館に展示されています


 木造千手観音立像:もと食堂の本尊です
 高さ5.2mの巨像で、像内納入品の銘記から鎌倉時代の寛喜元年(1229)頃の完成と推定されています
 この像は記録によると造像開始から完成まで4半世紀の歳月を要しました
 当初の造像担当者であった成朝は運慶の父康慶の兄弟子にあたり、康慶よりも正当な慶派の後継者でした
 しかし成朝は病弱であったため千手観音像の制作途中で亡くなったと推定されています
 成朝の没後放置されていたものが何らかの理由で制作が再開され、別の仏師の手により完成されたと考えられています
 像の部材は制作が中止されている間風雨に晒されていたらしく、内部の木肌は酷く痛んだ状態です

 板彫十二神将像
板彫十二神将像
 平安時代の作です
 日本では珍しい、板に浮き彫りにした仏像です
 現在は剥落していますが、元は彩色されていました
 12面の全てが現存しています

 参照;興福寺のホームページ
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