2017-07

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茅原のトンド

県内では珍しい大トンドです

茅原トンド

 修験道寺院の修正会と農村行事が結びついた大規模なトンド行事です

 左義長(小正月に行われる火祭り)茅原の火祭りは茅原のトンドとして有名です
 御所市茅原の吉祥草寺境内で1月14日の夜、雌雄1対の大たいまつが夜空を焦がす伝統行事です
 
 朝顔形の大たいまつはそれぞれ高さ4m、最大直径3m、重さ1tほど
 稲わら、カヤ、青竹などを使って組上げています
 
 祭りの起こりは豊作や無病息災を願って燃やしたものだと云うことですが、点火をするや火の粉を振りまき夜空に火柱を上げる豪快なものです

 修正会結願の行事として、吉祥草寺と茅原・玉手の二大字で実施されます
 1月14日早朝から37本(閏年は38本)の青竹で藁・萱・芝などを包み込み、高さ6mを超える朝顔形の雄松明と同様のやや小ぶりの雌松明が作られます
 夜8時頃から各所で手打ちを繰り返しながら境内に入場して本堂で読経
 玉手区の世襲の点火役が灯明の火で、その年の秋の方角から点火されます
 かつては点火に先立ってダダフミという堂内で床を踏みしめる行為を行っていたそうです

 文化文政の頃の『大和国高取領風俗問状答』には「差義長の事」として記録に残り、文政2年(1819)の古文書には、享和年間(1801~04)以来途絶えていた松明行事を復興したい旨が記されています

 地元では火を火縄に移して持ち帰り翌朝あずき粥を炊く風習もあるそうです
 燃え残りの萱は苗代を作るときの水口祭りに利用されるようです

【役行者と茅原のトンド】
 伊豆へ流されていた役行者小角は罪を解かれ都へ呼び戻される
 伊豆から小角が帰るという知らせは、役所から小角の家にも伝えられた。葛木おろしの風が吹く寒い真冬だったが、茅原の村人たちは、大いに喜び、松明を燃し、焚き火をして暖をとりながら、役行者小角を迎えた。
 小角が我が家に帰って来た時、家の周りにはススキや茅の雑草が生い茂って荒れていた。小角の帰りを待っていた母の白專女(しらとうめ)は、痩せこけて、髪の毛も真っ白になっていた。
 この頃、都では、大変な勢いで疫病が流行っていた。文武天皇は、非常に心配していたが、小角が帰って来てからは疫病の流行も治まった。
 天皇は、この著しい霊験に驚き、喜んで、茅原の寺で大法界を催して、寺に水田十町歩を寄付した。
 役行者物語

 茅原トンド行事保存会をつくり保存活動を行っています
 昭和58年3月15日に県の無形民俗文化財として指定されています(国選択重要民俗文化財)

◎1月14日の20時前後に点火~1時間程度
 交通:近鉄御所駅より八木・橿原神宮行きバスで「茅原」下車徒歩すぐ
 近鉄橿原神宮駅から御所駅行きバスで「茅原」下車徒歩すぐ
 JR玉手駅下車徒歩3分
 料金:無料
 問合せ:0745-62-3472(吉祥草寺)

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