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吉野和紙

吉野の紙の存在が一般的に知られるようになったのは
近世徳川期に入ってからです


手すき和紙

 伝説によると 
「壬申の乱で吉野で兵を挙げた大海人皇子(後の天武天皇)が国栖の里人に紙漉きと養蚕を教えたのが始まりである」と伝えられています

 もともと国栖紙として古くから知られていました
 江戸時代に大和宇陀町の商人が全国的に売りさばいていたため、宇陀紙と名づけられていました 
 今なおその名のとおり、表装裏打紙(うらうちがみ)として、重要な和紙として重宝がられています

 吉野には文化財指定を受けた紙が3種類あります
 宇陀紙―コウゾを原料に、吉野でしか採取できない白土を混入して漉いた紙は、表装に用いた時粘りがあり、狂いが生じないのが特徴です。木灰煮宇陀紙は国宝修理用として使用されています
 美栖紙(みすがみ)―同じくコウゾを使用し、漉いた紙をすぐ板に張り付ける(簀伏せ)ため柔らかく、表装用中裏紙(なかうらがみ)として欠かすことのできない和紙です
 吉野紙―コウゾを使用し、美栖紙と同様簀伏せします。ウルシを濾すために使用します

 平安遷都後、紙の生産は吉野山間で盛んになり、広くその名が知られるようになりました
 明治中期までは、国栖地区を中心に和紙の原料である楮が栽培され、国栖村の約半数にあたる300戸で和紙作りを行っていました
 このような状況を谷崎潤一郎は『吉野葛』の中で
・・・あたかも、漁師町で海苔を乾かすような具合に長方形の紙が行儀よく板に並べてたてかけてあるのだが、その真白な色紙を散らしたやうなのが街道の両側や丘の段々の上などに高く低く寒さうな日に・・・
 と表現しています

手すき和紙の里

 吉野町のホームページ →吉野町の産業→手漉き和紙
 全国手すき和紙連合会のホームページ →全国和紙産地マップ→奈良県吉野和紙
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