2017-03

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新薬師寺のおたいまつ(修二会)

桜の花が満開の頃行われます

新薬師寺おたいまつ

奈良時代から続く伝統行事です
本尊・薬師如来坐像(国宝)に滅罪、厄除けを祈願する悔過(けか)法要です

4月8日の17時
本尊の薬師如来の前で、天平時代から伝わる声明薬師悔過法要と三十二相が、東大寺一山出仕のもと、厳修されます

19時から導師を含む11人の僧侶が各々大松明に先導されて本堂(国宝)の前庭を横切って北の出仕口から入堂します
長さ7m余の大松明を11本奉納する豪快な行事が『おたいまつ』です
燃え盛る松明が本堂の周囲を回ります
大きな籠たいまつも1本含まれています

おたいまつ後、本堂にて法要が営まれます
桃の花・南天の実・灯明のあかりに包まれた薬師如来の御前で、僧侶が居並び経を唱えます

 場所等はこちら  新薬師寺

テーマ:奈良 - ジャンル:地域情報

ちゃんちゃん祭り

祭り始めは ちゃんちゃん祭り

ちゃんちゃん祭り

4月1日に行われる大和神社の例祭です
大和の俚謡りよう「祭り始めは ちゃんちゃん祭り 祭り納めは おん祭り」と謡われます

ここは、室町時代まで興福寺が支配し、宇治猿楽と大和猿楽立合の場所でした
大和神社の郷中である成願寺町・兵庫町・長柄町・新泉町・岸田町・佐保庄町・三昧田町・萱生町・中山町の9町の氏子による頭屋があります
頭人や頭人子を始め、座中の人が浄衣を付け、3月31日の宵宮渡りにお参りして、翌日の神幸祭「お渡り」に奉仕されます
お渡りに青銅で鋳造された鉦を叩いてチャンチャン鳴らすので「ちゃんちゃん祭り」と呼ばれています

4月1日の午前中が主神・大国魂大神おおくにたまのおおかみの例祭です
午後が氏子によるお渡りで、大和神社と摂社増御子神社の神輿が二基出て、お渡りを先導します
その後を氏子による儀杖の常持ちが従い、新泉は梅の幹と小幣と太鼓・長柄は錦旗・兵庫は千代山鉾と竜頭を持ちます、他は鉦を担いで打ち鳴らして続きます
座中の人達は、町名を書いた旗と産子幣を持って自分の町の儀杖に従い、宮司や市長さんは本社の神輿を中心に馬に乗って行きます

お渡りは「山の辺の道」の中山大塚古墳にある御旅所大和稚宮神社へ神幸します

神輿が到着するとお旅所祭が行われます
各町の頭屋が、長柄は塩鯛・兵庫町は柳の箸一膳・中山町は茅巻を供えます
その後、豊作を祈願して舞などを披露します
夕方、神幸は本社に還幸して終わります

参考;奈良観光のページ大和神社のホームページ

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正暦寺の人形供養

今までお世話になったお人形に「ありがとう」という感謝の気持ちをもって祈念します

正暦寺人形供養

総供養「大護摩供養」は3月9日に行われます
古くなったお人形やぬいぐるみの供養は年中行ってくれますが、すべてのお人形の総供養として、この日に大護摩供養が執り行われます

長年愛用した人形や節句飾りなどを仏前に持ち込み、供養してもらいます
人形への感謝をこめて、納められた人形がぎっしりと並べられる中で行われます

14:00~15:30 本堂前
その後大護摩を焚いて供養されます
以前はここで人形が焼却されましたが、現在は環境汚染に配慮し中止されているそうです

 場所等はこちら  正暦寺

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金峯山寺の節分会「鬼火の祭典」

ふくはうち~おにうち~
金峯山寺・鬼火の祭典

起源は定かではありませんが、金峯山寺の開祖・役行者が法力で鬼を呪縛し、仏法を説いて弟子にした故事に基づくといわれています

全国から追い出されてきた鬼たちを招きいれようと「福は内、鬼も内」と唱える、全国でもめずらしい節分会です
世界遺産吉野山で、幽玄の世界を楽しむことができる催しです

【2月2日】
17:30頃~吉野桜燈火:蔵王堂境内とその周辺に3000本のロウソクが灯ります
19:30頃~鬼歩き:吉野山の上千本と下千本から練り歩き、ライトアップされた蔵王堂に集結します
19:30頃~幽玄鬼火ライブ:蔵王堂境内で蔵王権現に奉納演奏(和太鼓演奏など)が行われます
18:30頃~千本づき仙人ぜんざい:蔵王堂境内にて、先着500食が無料でふるまわれます

【2月3日】金峯山寺節分会
10:00~日数心経による法要が行われます
11:00~衆生の運命に影響を与える星を供養する「星供」が修法されます
12:00~赤・青・黒各2匹の鬼による鬼踊りが行われます
 僧侶・山伏らにより「福は内、鬼も内」と豆まきが行われる「鬼の調伏式」が続きます
 その後、蔵王堂前で採燈大護摩供修法です
13:00~福豆まき(福引き付)が行われます

経典の功徳や法力によって、また信徒らが撒く豆によって、荒れ狂う鬼たちを仏道に入らしめて終わります

問合せ;0746-32-1007(吉野山観光協会)・金峯山寺のホームページ
場所等はこちら  金峯山寺

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法隆寺の追儺会(鬼追い式)

最古の鬼追いと云われています

西円堂鬼追い式

鬼追いは、修二会が始まった弘長元年(1261)と同時に始まったとされています

西円堂の鬼追いは、奈良朝以来、連綿と続く行事です
修二会の後、法隆寺西円堂の基壇上で黒鬼・青鬼・赤鬼がそれぞれ所作を行い松明を投げ、その後に毘沙門天が現れて鬼を追い払います
他寺のものとは違い、鬼の所作はゆったりとしています

はじめ鬼役は、法隆寺の僧が勤めていました
寛政9年(1798)以後、丑寅の方向にあたる岡本法起寺裏の住人が勤仕するようになっています

2月3日
17:00:修二会法要が始まります 「薬師悔過」という行法です
19:00:追儺会(鬼追い式)が行われます

修二会が終わると引き続き衆僧が堂内に籠もって鐘太鼓を7回半打ち鳴らし
終えると、いよいよ鎌倉期の古面を被った黒、青、赤の3鬼が西円堂から飛び出す段である
はじめ北正面に現れる
斧を担ぎ宝印をいただき、3本の角が生えた黒鬼(父鬼)が斧を研ぐ所作を行い、松明を沙主役から受取ると3度振り回し、群衆中に投げ捨てる
鉄棒を持った青鬼(母鬼)、剣を持ち小さな角が生えた赤鬼(子鬼)がそれぞれ黒鬼と同様に松明を群集中に投げ入れ、その後方から鉾を持った毘沙門天が鬼を追っ払うしぐさをしつつ、東正面から順次、南正面、西正面へと移動し、都合三回、堂周りを廻る


もともとこの行事すべてが堂内で行われていましたが、いつのころからか堂外で行われるようになっています
近年、危険防止(群集が鬼が投げ入れる松明の直撃に遭うことが無いように)のため、堂周りをすっぽり金網で覆って行われます

西円堂の追儺会に「猫三枚」という古儀があります
いわゆる供養餅で、追儺会に供えるものです
猫にいたるまで無病息災、家内安全を願うものだそうです

問い合わせ先 法隆寺 0745-75-2555

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元興寺の節分柴燈護摩会

元興寺には元興神(がごぜ)という鬼がいて悪者を退治すると言い伝えがあることから「鬼は内、福は内」というそうです
節分柴燈護摩会

本堂で不動明王の僧侶による供養法が行われ、本堂前にて山伏が柴燈大護摩供が修されます

山伏の行列、剣術の奉納と続き、山伏による破魔矢が天に向かって放たれます
その後に杉の葉で囲まれた護摩壇木に火がつけられ護摩供養が始まります
極楽坊本堂前はものすごい勢いで炎が上がります

その後、護摩壇木が崩され境内の穴に渡し、また火をおこして火生三昧「火渡り」の行が行われます
修験者の法力によって、参拝者も年越し厄除けを願って渡ることができます
火に入るということは、仏に1歩近づくということを意味し、又それに向かう勇気を見せることが重要なのだそうです
小さい子も参加しています
山伏が気合を入れてくれて一気に渡って行きます
渡った人の話によると熱くないそうですが、欲深き人は熱いらしいとの事

火渡りが終わると豆まきが行われます
舞台から福豆が投げられますが、豆の取り合いが激しく、子供の参加は認められていません
(子供は事前に特別に用意された豆をもらうことができます)
また元興神「鬼」絵馬が授与されます 

日時;2月3日 13:00~
場所等はこちら  元興寺・極楽坊

参考;春日野観光のページ

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念仏寺陀々堂の鬼はしり

鬼が幸福をもたらす全国的にも珍しい行事です
念仏寺陀々堂の鬼はしり

修正会結願の行法で、室町時代に始まった除災招福の火祭りです
過去の罪を悔い、身に積もった汚れを祓って新年の幸せを祈る行事
7日間の行を終えた父鬼、母鬼、子鬼が約60kgの松明を振りかざして堂内を走り、人々の災厄を祓います

毎年1月14日に五條市大津の念仏寺陀々堂で行われます
平成7年に国の重要無形民俗文化財の指定を受けました

午後9時、鬼走りの行者たちは境内の中央を小たいまつを先頭に入堂する
鐘の音を合図に僧達の読経と、カタンカタンという硬く乾いた棒打ち、火天役による「火伏の行」が始まる
燃えさかるたいまつを肩にした火天は、ゆっくりしたスリ足で参詣人の前に姿を現す
そして火祭りの安全を願い中空に向かってたいまつを水の字に振る
火たいまつを天井高く差し上げては暗闇を引き裂かんばかりに振り降ろす火天の姿は、まさに不動明王の化身
火天の荒行が終わると一瞬の静寂が流れ、いよいよ鬼の登場となる
一番たいまつが佐役(スケ)の肩に乗せられ、右手に斧を持った赤鬼と共に正面北の戸口に走り出てくる
狂ったように吼える法螺貝、太鼓棒打の強烈な音響とともに、今まで暗かった堂内が赤々と照らし出され、鬼達が浮かび出る
赤鬼は片腕・片膝で松明を受け取り、一瞬天空に向かって斧を構えて静止し、火の粉を振りまきながら正面中央戸口に進む
後に、青鬼と二番たいまつが登場、北の戸口には茶鬼が現れ三つのたいまつが並ぶ
堂内は火の海と化し、炎は生き物となって天井をなめ、ひさしを這い火祭りは最高潮に達する
一番たいまつは再び佐役の肩に乗って須弥壇裏をまわり右戸口に姿を現す
こうして三度堂内をまわった鬼は横戸口から境内に降り立ち、水天井戸に礼参りをして行事は終わる


場所;五條市大津町127「念仏寺」 MAP
交通;JR和歌山線「五条」駅より バスで東富貴行き「火打口」下車 徒歩3分
問合せ;0747-22-4001(五條市役所農林商工観光課)
 P;上野公園の駐車場を利用
参考;五條市観光協会のページ

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お身拭い・薬師寺

仏様を拭き清める年の瀬の恒例行事

薬師寺お身拭い

12月29日の午後1時より白鳳伽藍金堂において仏さまのほこりを掃うお身拭いが行なわれます

午前中にお正月用の餅つきが行われ、その時に使用したお湯を使って僧侶が仏さまの御体を浄布で拭き清める行事です
金堂の薬師如来像・日光菩薩像・月光菩薩像のお身拭いがおこなわれ
その後に、大講堂、東院堂など各諸堂でもお身拭いが行なわれます

春本番を告げる薬師寺の修二会「花会式」の前にも行われます(3月28日)

写経道場では大晦日に越年写経会が行われます
元旦~15日には国宝・吉祥天女画像が一般公開されます

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春日大社・春日若宮おん祭

わが国最古の芸能祭とも言われます
八百七十有余年もの伝統を有します

春日若宮おん祭り

平安朝以降の芸能・風俗を知り得る貴重な祭礼として、昭和54年に国の重要無形民俗文化財に指定されました

春日若宮神は天児屋根命と比売神の御子神で「天押雲根命」と云います
長保5年(1003)3月3日に出現され、当初は母神の御殿内に祀られていました
保延元年(1135)2月27日に現在地に本社と同じ規模の壮麗な神殿が造営されました

若宮の御神助を願い、保延2年(1136)の旧暦9月17日、春日野に御神霊を迎えて祭礼を奉仕したのが、おん祭の始まりとされます

若宮をお迎えする「遷幸の儀」から若宮をお還しする「還幸の儀」までの祭祀は24時間で執り行われます
12月17日午前零時から始り、12月18日の午前零時になる前に御帰りになります

この間「遷幸の儀」「還幸の儀」ともに一切の照明および写真・ビデオの撮影は禁止です

12月17日の正午より、お渡り式がおこなわれます
行列は奈良県庁前に集合し、そこから登大路を西に下り、近鉄奈良駅前、油坂を経由して、JR奈良駅前から東へ三条通を上り、春日大社参道にある御旅所に入ります
途中、一の鳥居そばの影向の松(ようごうのまつ)では、松の下式がおこなわれます
大名行列は道中、奴振りの妙技を披露します

春日おん祭り馬駆け

往古は、お渡り式には奈良市中の旧村落の地元住民らにより奉仕されていました
現在は、一般公募で結成された春日若宮おんまつり保存会有志によって守られています

「春日若宮おん祭の神事芸能」は重要無形民俗文化財に指定されています
参考;春日若宮おん祭のホームページ

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いのこの暴れまつり『高田の暴れ亥の子祭』

子どもたちが主役のお祭りです

いのこの暴れまつり

 桜井市高田の集落南に鎮座する山口神社で行われます
 県の重要無形民俗文化財に指定されています

 子どもが暴れるほど神様が喜ばれ、豊作と子どもの健やかな成長が約束されると伝えられています
 参加した子供たちが、乱暴な振る舞いをみせるというところに特色があり、全国でも珍しい亥の子祭りです

 竹で作った2m四方のお仮屋にネムノキで小型の農具を作り吊ります
 午後からは子供がこの農具を奪い、食事の時の膳・椀などをほうり投げ、藁を投げてご神灯を消すなどの各種の「暴れ」が行われます

日時:12月の第一日曜日、午後1時すぎ~
交通:JR・近鉄桜井駅下車 南へ徒歩30分
問合せ:0744-42-9111(桜井市観光協会)

 亥の子祭りは陰暦10月亥の日、亥の刻(午後9時~11時)に新穀の餅を食べ、無病を願うという中国の風習
 我が国には平安初期に伝わり、朝廷の行事としておこなわれていました
 それが民間にも広まり、農村では亥の子の神を田の神として、収穫を感謝する農耕儀礼として行われるようになりました
 併せて子供たちの健やかな成育をお祈りする為に、祭りの主役は子供たちであるとして伝えられてきました

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東坊城のホーランヤ

真夏の真昼の火祭りは珍しいものです

東坊城のホーランヤ

橿原市東坊城町で8月15日に行われる火祭りです

先祖の霊を迎え送る行事が大規模化していったようです
(盆の送り火が巨大化したものか?)
東坊城の春日神社と八幡神社を中心に行われる災厄除けの火祭り

2つの神社の境内で大小17の松明が日中の炎天下に燃やされます
八幡神社には6地区、春日神社には4地区から大小の松明が持ち込まれます
大きな物は長さ4m、直径2m、重さ500kgもあります
浴衣姿の氏子たちが境内狭しと御輿のように練り歩きます

「ホーランヤ」の語源は諸説あり定かでありません

春日神社は午後1時~
八幡神社は午後3時~

交通:近鉄南大阪線「坊城」駅下車 春日神社は徒歩5分、八幡神社は坊城駅のすぐ近く
問い合わせ:0744-22-4001(橿原市役所商工観光課)

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鹿の角きり

古都の秋を彩る勇壮な行事です
鹿苑内

江戸初期の寛文年間(1671頃)に危険防止と樹木の保護のために始まったと伝わります

当時鹿の管理者であった興福寺が、奈良奉行の立会いのもとで始めたようです

当初は町民が家の格子ごしから観賞できるほど、民家に近い町のなかで行われていたようです
鹿苑で行われるようになったのは、昭和3年からのことです

この行事は、勢子といわれる人たちが、角きり場に追い込まれた荒々しい鹿をつかまえ、神官によって角を切りとります

祭時期;10月の土日祝日
問合せ;0742-22-2388(奈良の鹿愛護会
鹿角きり

雄鹿の角は毎年生え変わります
春先(2~3月)に自然に脱落して4月頃から新しく生え出します
鹿の角は年齢により大きく立派になります
最高で三又四先(枝が四本)になり、8歳から12歳頃が最も大きくなります

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談山神社のけまり祭

けまり祭

藤原鎌足公が飛鳥法興寺の蹴鞠会で中大兄皇子とはじめてまみえ、「大化改新」の発端となった古事にちなんで行われる雅やかな祭です

毎年4月29日(昭和の日)と11月3日(文化の日)に行われます
けまり奉納は蹴鞠の庭にて11時より行われます

今からおよそ1400年前、中国から伝わったと言われています
歴代天皇始め宮中の高官・ 将軍・大名・室町江戸時代では庶民に至るまで広く行われていたようです

明治維新頃には―旦跡絶えました
明治38年、明治天皇の御下命により蹴鞠保存会を創立して現在に至っています

蹴鞠は8名(又は6名)が1グループとなり、鞠を足で蹴って地に落さず、手を用いず独特の装束をつけて行われます
この蹴鞠には勝敗がなく、上手な人は蹴り易い鞠を相手に与えるのが蹴鞠の道とされています
鞠庭に出入りするにも作法があるそうです
鞠を蹴る時のかけ声には、「アリ」・「ヤ」・「オウ」の三声があります
鞠の神の名を称え乍ら蹴って合図とします
掛け声の長短・抑揚により鞠の受け渡しを正確にして、鞠を奪い合ったり受けそんじのないようにします
普通は10~15分で終ります

参考;談山神社の公式サイト
場所等はこちら  談山神社

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采女祭

『采女祭』は中秋の名月の日に行われます

采女祭

采女神社:猿沢池の西北の隅に鳥居を背にした珍しい後ろ向きの神社があります

=大和物語の采女伝説=
大変美しかった采女は帝に寵愛を受けていましたが、いつしか帝は心変わりをしてしまいました
采女は嘆いて、池畔の柳に衣を掛け、猿沢池に身を投げてしまったそうです
人々は采女の霊を慰めるため、猿沢池のほとりに社を建てたのですが、身を投げた池を見るにしのびず一夜にして、後ろ向きになったそうです


夕方5時、JR奈良駅前から猿沢池のほとりに建つ采女神社まで花扇奉納行列が行われます
 
花扇は秋の七草で美しく飾られ高さ2mほどあります
昭和28年に作られ采女祭で用いられるようになりました
このことから別名「花扇祭」とも呼ばれています

数十人の稚児、御所車に乗った十二単姿の花扇使や姉妹都市・福島県郡山市のミスうねめ、ミス奈良などが天平衣装をまとって市内を練り歩きます

6時に春日大社神官による厳かな神事の後、花扇が奉納されます

7時に雅楽が流れるなか、花扇をはじめ、花扇使・ミスうねめ・ミス奈良を乗せた2隻の管絃船(龍頭・鷁首)が、猿沢池に浮かぶ40余りの流し灯籠の間をぬ って池をめぐり、最後には花扇を池中に投じます

リンク:春日野観光のページ

*采女(うねめ)は後宮で帝の給仕をする女官のこと
猿沢の池はこちら  猿沢の池

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吐山の太鼓踊り

吐山太鼓踊り

吐山の太鼓踊りは必要に迫られて行う雨乞いや、豊年祈願の満願成就の御礼として下部神社恵比須神社に奉納されます
恒例の行事ではありません

太鼓踊りは古くから吐山大字の七垣内(現在は六垣内)の共同参画で行われていました

テンツクテンツクの音色とともに紅色のシデ棒を振り上げ、太鼓打ちと一体となって奉納する勇ましい踊り
都祁吐山の太鼓踊りは雨乞いのイサミ踊りと形式で、室町末期か江戸初期のころから行われていたと伝わります

吐山の七垣内が一体となって奉納する太鼓踊りは七台の大太鼓を一列に並べて踊りながら打ちます
踊りには干田(ひんだ)踊、宝踊、鎌倉踊、松蟲踊、糸屋踊、長崎踊などが伝承されているそうです

現在は、保存会の方々で続けられていますが、公民館などでの催し行事として行われます
江戸時代の写本「元禄6年(1693)8月太鼓踊歌本」が伝わっているのでその頃から既に踊られていたことが判かっています

昭和60年に県の無形民俗文化財に指定されています

奈良市都祁吐山

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龍田大社の風鎮大祭

クライマックスの奉納花火は圧巻です

風鎮大祭奉納花火

「風しずめの祭り」とも言われます

1300年前に国家鎮めの祭りとして始まりました

風水害、凶作、疫病を鎮めるための祈願
風鎮祭は悪風を除き、順風の到来を祈る祭礼です
天武天皇の時代(675年)に始まったようです

午前中は、龍田大社が創建された当時に奏上された祝詞をそのまま奏上し、厳粛に祭典が執り行われます
午後中には「風神太鼓」の奉納を皮切りに、奉納地元氏子の奉仕による「河内音頭」の奉納があります
クライマックスは、日がどっぷり暮れた9時ごろ、華やかな「風神花火」が盛大に営まれます
「風神花火」奉納は手筒花火から火柱が5mも上がります

毎年7月の第一日曜日に行われます

場所等はこちら  龍田大社

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万燈籠と燈花会

奈良に集う人々の祈りを灯りで照らし出します

燈花会

『なら燈花会』
1999年に始まりました
古都奈良の真夏の10日間、広大な緑と歴史の中にろうそくの花が咲きます

『燈花』とは、灯心の先にできる花の形のかたまりで、これができると縁起が良いと言われています
訪れた人々が幸せになりますように、そんな願いを込めてろうそく一つ一つに灯りをともします

★日時;8月5日~8月14日
★時間;19:00~21:45
★交通;近鉄奈良駅より各会場へは奈良交通バスが運行
★料金;無料
★TEL;0742-21-7515
★参考;なら燈花会

万燈籠

『中元万燈籠』
春日大社境内に3,000基の燈籠があります
800年前から今日に至るまで、藤原氏をはじめ広く一般国民から奉納されたものです
8月14日・15日の夜、全ての燈籠に火が入れられ、訪れる人々を幽玄の世界へと誘います

★日時 8月14日・15日
★時間;19:00~21:30
★交通;JR・近鉄奈良駅より 市内循環バス「春日大社表参道」下車 徒歩約10分
★料金;無料(ただし、廻廊内の特別参拝は500円必要です)
★問い合せ;0742-22-7788(春日大社

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弘仁寺の黄金ちまき会式

弘仁寺黄金ちまき

黄金色のひもで結んだ厄除けのちまきを本尊の虚空蔵菩薩に供えて、自然の恵みと健康などを祈る会式です

毎年、虚空蔵菩薩の縁日となる6月13日(9:00~)に行われます

黄金色のひもで結んだ厄除けのちまきを本尊に供えて、自然恵みと健康を祈る「黄金ちまき会式」が行われます
午後からは柴燈大護摩が行われます

このちまきには、厄除けや家内安全無病息災の功徳があるといわれており、祇園祭りの投げ粽(ちまき)に由来しているそうです
『夏越(なごし)の祓い』のときにくぐる「茅の輪」が変化したものとされています

柏の葉を五枚重ね、中に小さな団子を包んで、イ草を紐にして縛った”黄金(こがね)ちまき”
10本を扇形に束ねて、その後、蒸して乾燥させて完成します

ちまきは家の軒(のき)や大黒柱に飾してお守りとするそうです
お土産用として食用のちまきも売られるそうです

弘仁寺の年中行事のページ
場所等はこちら  弘仁寺

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率川神社の三枝祭

別名「ゆりまつり」と呼ばれています
三枝祭

毎年6月17日 に行われます

【伝説】
大物主大神の娘の五十鈴姫が三輪の里で百合を摘んでいた所に神武天皇が通りかかり、あまりに清らかで美しい姫をみそめ、皇后に迎え入れられた

この古事により後世、姫神様にお慶び戴くため、酒樽に笹百合の花を飾り、お祭りが行われるようになったと伝えています
文武天皇の大宝元年(701)制定の『大宝令』に、既に国家の神事としされています

三輪山より自生する笹百合を酒樽に飾り供えられ、巫女達による古雅な神楽が奉納されます
その後、七媛女・ゆり姫・稚児などによるあでやかな巡行が、奈良の繁華街を練り歩きます

笹百合は本社の鎮花祭にお供えする百合根や忍冬と同様に薬草であることから、疫病除や病気予防のお祭りでもあります

「三枝」とは「百合の花」のことです
百合の古名を「佐韋(さい)」ということから、三枝まつり(さえぐさまつり)の名がついたと伝えられています
笹ユリ

率川神社大神神社の境外摂社です
推古天皇元年(593)に大三輪君白堤(おおみわのきみしらつつみ)が勅命によって奉斎した奈良市内最古の神社です

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東大寺二月堂修二会

3月12日の籠松明には多くの参詣客が殺到します

お松明1時間前
「修二会」の法要は、正しくは「十一面悔過(けか)」といいます
十一面観世音菩薩を本尊とし、「天下泰平」「五穀豊穣」「万民快楽」などを願って祈りを捧げ、人々に代わって懺悔の行を勤めるものです
前行・本行をあわせてほぼ1ヶ月、準備期間を加えれば3ヶ月にも及ぶ大法要です

12月16日(良弁僧正の命日)の朝、翌年の修二会を勤める練行衆と呼ばれる11名の僧侶が発表され、明けて2月20日より別火と呼ばれる前行が始まり、3月1日からの本行に備えます
そして3月1日から14日まで、27ヶ日夜(2週間)の間、二月堂に於て修二会の本行が勤められます

天平勝宝4年(752)、東大寺開山良弁僧正の高弟、実忠和尚によってはじめられたと伝えられます
以来一度も途絶えることなく続けられ、平成23年には1260回を数えます

「二月堂縁起」によれば、実忠和尚は天平勝宝3年(751)10月に笠置山の龍穴に参籠したとき、夢に兜卒天で観音さまが行をしているのを見て感激、これを自分たちも見習って行をしようということにして始まったのが、東大寺二月堂の修二会です
奈良の大仏が完成したのがこの天平勝宝4年の4月9日、修二会もこの年の2月から始まったとされます

この法会は、現在では3月1日より2週間にわたって行われていますが、もとは旧暦の2月1日から行われていました
二月に修する法会という意味をこめて「修二会」と呼ばれるようになりました
二月堂の名もこのことに由来しています

行中の3月12日深夜(13日の午前1時半頃)に、『若狭井』という井戸から観音さまに供える「お香水」を汲み上げる儀式「お水取」が行われます
この行を勤める練行衆の道明かりとして、夜毎、大きな松明に火がともされ、参集した人々をわかせます
このため「修二会」は「お水取り」「お松明」とも呼ばれるようになりました

二月堂と松明
東大寺のページ
春日ホテルのページ
KCN近畿ケーブルネットワークのページ
奈良かんさつブログのページ

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